【論】古き美を愛おしむ暮らし「古材追想」

【論】古き美を愛おしむ暮らし「古材追想」
デイビス邸書斎、古材の柱と 古建具
デイビス邸書斎、古材の柱と古建具。浮き出した木目、かつての仕口の跡……。
刻まれた時間、すなわち歴史が見るものの心を動かす。
(写真/西川公朗)

「松・欅ケヤキ・桜の木に古材なし」。西近江高島市の古材店「島村葭商店」で開催された滋賀県建築士会女性委員会主催の連続講演会「民家再生の魅力とプロセスを学ぶ」に参加した折、古材を愛してやまない店主の島村信義さんの力強い言葉が久し振りに耳に響いた。樹種や部位により違いはあるが、古民家の梁に用いられた松、柱や胴差しの欅、そして框や板に使われた桜材は何年経っても生命力が衰えず、生き続けているため、いつまでも新材のように使いまわすことができるという意味である。

琵琶湖周辺の民家の草葺き屋根を保全しながら、所有者から依頼を受けて古民家の解体と再利用の世話をしてきた島村さんは、古材の魅力を知り尽くしている。手ちょんな斧で削った美しい曲がり梁や力強い仕口のキザミ跡を荏えごま胡麻油で拭きながら、風雪に耐えて古民家を支えた各部材の役割を、大工よりも詳しく若い建築士たちに伝えていた。近年は長男の義典さんが後を継ぎ、「古こらぼ良慕」という古材や古建具道具類のギャラリーをオープンし、古材愛好家たちのたまり場となっている。

私が、本誌に登場するデイビス邸の改修工事に使った古材は、ここで集められた部材である。木材研究者の話によれば、古材の耐久力は山で伐採された時より、その木が種子から芽生えて生長した年数分増加し続け、そこを頂点としてその先同年数かけて漸次減少し零ゼロに戻るという。たとえばデイビス邸に使った大黒の欅柱が200年ものであれば、上棟して200年の間家を力強く支え、その後200年かけて耐力を減らしてゆく。だとすれば、この欅はトータルに600年の間生きのびることになる。我々が、この樹の生命と自らのせいぜい長くて80年ほどの寿命を比較してとても頼もしく思えるのは、きっと双方の時間差のせいであろう。再使用した柱は江戸末期に建てられた民家のものであるとすれば、既に150年の時が経過している。恐らくあと150年はしっかりこの家を支えるはずである。民家のつくり方からして、風雨にさらされる外側の材料は20~30年の改修期に交換してゆかねばならないが、主要な木の骨組は100年単位の耐力が要求される。すでに150年を経過しても尚、ヤニを出し、乾期になればバリッとひび割れる赤松の梁は、今でも十分生きていることを自己証明している。我々が日々その瞬間瞬間に居住しながら、受けている安らぎや幸福感は、この力強い部材の組み合わせで生まれる建築の存在感によるものであろう。

(「チルチンびと」72号抜粋 ※全文は電子書籍でご覧ください。)

 

木下龍一 きのした・りょういち
 
1946年徳島県生まれ。京都大学工学部建築学科卒業。
ベルギートゥールネ市サンリュック建築大学留学。
77年一級建築士事務所 アトリエRYO設立。
古民家の再生や移築プロジェクトを数多く手がける。
NPO 法人「京町家再生研究会」および「京町家作事組」理事。

 
 

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