雑誌「チルチンびと」86号掲載 山形県・佐藤邸
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30 昔からこの土地で守られてきた作物や、火のある風景を残していきたい―。 そう語る佐藤春樹さんは、山形県北部の真室川町で、伝承野菜農家「森の家」を営む。伝承野菜とは、代々受け継がれてきたその土地特有の種でつくる作物のことだ。 佐藤さん一家の住処は、田園と森の緑が目に鮮やかな小さな集落に佇む古民家。夕陽が傾いた頃、家の薪ストーブにポッと火がつく。薪ストーブから立ち昇るのは、里芋と栗のグラタンの香ばしい香り。和室の囲炉裏にも火が入り、「たくさん食べてってー」と郷土料理の芋煮を家族や友人と囲む。その里芋こそが、春樹さんがつくっている伝承野菜「甚じん五ご右えヱ門もん芋いも」だ。 夜勤の仕事をしながら、昼間は農家の祖父を手伝っていた春樹さん。副収入になれば、という程度の気持ちで山菜や漬け物を売ったり試行錯誤していたがどれもうまくいかず。けれども、やりがいを感じ始めていた。 そんな時、町の広報誌で伝承野菜というものがあるのを知り、祖母に尋ねてみたところ、我が家にも毎年種を採っている芋があるという。その起源は室町時代。あらためて口にしてみて驚いたのは、ほかの里芋とはまったく違う、強い粘り気と香り高い風味。 春樹さんは、農家を継がなかった両親のもとで育った。今ここで自分がこの芋を育てなければ、400年の歴史が途絶えてしまう。こうした思いのもと、昔から「森の家」と呼ばれていた祖父の屋号を借り、農家の二十代目として本格的に芋を育て始めた。 芋の売り先も、自分で県内の旅館の料理長に掛け合ったり、信頼のおける店やレストランを探すなどして営業に走りまわった。「軌道にのるまでが大変だったけれど、火、食事、そして風景この土地に昔からある、大事なものを残していきたい台所から居間を見る。古民家の古材と外の緑が織りなす午後の風景。左:台所裏の池にはいつもカエルがいる。中:玄関の広い土間は誰でも気軽に迎え入れてくれる。 右:二人で芋の下ごしらえを。

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