雑誌「チルチンびと」80号掲載「奈良県/芸家 田中茂雄さんを訪ねて」
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25使い勝手のいい、佐智子さんお気に入りの台所。シンクや棚は、すべて田中さんが新たに造作。 下:台所の修繕時、井戸を覆っていたコンクリートを崩したところ、巨石を穿った六角形の井筒が現れた(写真右手前)。台所は、竈や井戸を備えた聖なる場でもある。 芽吹き始めた新緑が美しい、春の飛鳥川。上流の奥明日香へと進むにつれ、懐かしい棚田の景色が広がる。先人たちの暮らしが守ってきた山里、栢かやのもり森。その古道の家並みに溶け込むようにして建つ古民家が、田中邸だ。 学生時代から骨董好きだった田中茂雄さんは、李朝の焼き物に魅せられ、陶芸の世界に入った。出身地である京都府南部の自宅を工房として、研究を重ねてひたすら古陶から学ぶ日々。子どもが生まれ、次第に、自然に根ざしたゆるぎない古の暮らしへの想いがつのる。思い浮かんだのは、かつて通りがかって心打たれた奥明日香の美しい風景だった。 願いが通じ、飛鳥川に面した一軒の古民家と出会ったのは6年前のこと。門屋に続く土塀を巡らせたなかに、主屋、離れ、蔵、幾棟かに連なる納屋が建つ。飛鳥川に面した敷地下部には強固な石垣が組まれ、川のせせらぎを臨む地下空間もあった。火と水の恵みをダイレクトに取り入れる生活を望む田中さん夫妻にとって、井戸付きの広い台所土間は大きな魅力だった。 築250年の歳月に包まれて暮らしながら、時間をかけてできる限り自力改修することを決意した。まずは京都から通って掃除し、仕事場の工事を開始。土の成形作業のためには、高湿度の土壁の室むろの新築が理想だが、時間と経費がかかる。そこで興味のあった藁の家、ストローベイルハウスを工房として中庭に建てた。李氏朝鮮時代の建具や馬小屋の古材、牛耕農具の金具など、極力古材を取り入れて、古民家との調和を保った。 そして半年後、奥さんの佐智子さん、当時小学生だった迪みち野のさんと茜せん乃の介すけ君の一家四人で移住。離れに暮らしながら、改修にとりかかった。専門的な構造は大工の友人に手伝ってもらい、そのほかはできる限り自分で取り組む。台所では昭和時代のタイル竈を取り壊し、土竈を新築。「古い家は意識があるのか、家の思いにそぐわないと、うまく工事が進まないんです」。家の心を感じながら、主屋の床改修、川に面した地下浴室、門屋脇の厠、ダイニング床の新設などを終えたが、古民家を蘇ら

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